立ち会い出産を経験してパパになった(立会出産の感想)

出産

世の中のこれからパパになる男性に送る、私たちの立ち会い出産の経験書きたいと思います。

・立ち会いたい派

・立ち会いたくない派

いると思いますが、立ち会い出産を経験した上の子と、出産に間に合わず立ち会えなかった下の子がいます。

結論から言うと、「絶対立ち会い出産するべき」です。

そのことについて、詳しく書いていきます。

生命の誕生の瞬間

命は母のお腹ではぐくまれ、出産し、世の中に誕生します。

お母さんのお腹の中に、10月10日いるわけです。

そのお腹の中にいる間に、お母さんはツワリを経験し、お腹がこれでもかというくらい大きくなり、立ち上がることも重労働になってきます。

原因不明の関節痛になり、転ばないように最新の注意をしてても、娘の時は二回転んでしまいました。

体のバランスが崩れますから、それは転ぶと思います。

パパは、それを横で見てることしかできません。

逆に言うと、パパは横で見てなければならないものだと思います。

その最終日が出産の瞬間。

ママよりパパの方が大泣きして、子供の誕生を喜びます。

ママは産むことが仕事です。

パパはママの横で新しい命の誕生の瞬間を見届けるのが最初の仕事なんだと思います。

自分もこんな風に生まれてきたんだなと理解する

人は自分が生まれてきた瞬間を覚えてはいません。

私も当然覚えてはおらず、独り者の時には自分で生まれてきて1人で大きくなってきたような顔をしていました。

でも、そんな人いるわけありません。

生まれてきて、はじめの頃はおっぱいを飲むことしかできません。

首もグラグラで非常に未熟な状態で生まれます。

そんな赤ちゃんを親達は一生懸命、全力で育てていくわけです。

私もこの記事を読んでいるあなたも、親が必死になって育ててくれた結果、ここに存在している人なのです。

そんな事を考えるのは、立ち会い出産を経験して、親になってしばらくしてからのことです。

パパは親になるまでに時間がかかる

立ち会い出産を経験すると、パパにスムーズになれるという意見を聞いたことがありますが、それは中々、どうかなと思います。

パパはやっぱりママに比べると親になるまでに時間がかかる気がします。

私がパパとしての心意気が足りないのかもしれませんが、ママの子育てに対する情熱に比べると、パパの私は足りてない気がします。

というか、ママにはかなわないということですね。

それでも、私も娘が2歳を過ぎた頃から、パパになってきたなと思います。(遅すぎる?)

そう感じたのは、娘が布団に寝ていて寝ゲロを吐いた時に、深夜に風呂へ連れていき、シャワーを浴びせ、髪の毛についたゲロはなかなか取れず、服や布団のゲロもそうじをして…

と娘の面倒を見ているときに、パパになったんだなと思いました。

娘は2歳を過ぎて、生まれたての未熟な頃を思うと、大きくなったなと思います。

それは、生まれた瞬間をこの目で見ているからこそ実感できる部分もあります。

一番最初の娘の姿をこの目で見た。

というのが、パパとしての最初の仕事だったのかもしれません。

立ち会えなかった第二子の出産

娘が2歳4ヶ月の時に、ママは入院し、私と娘の2人の共同生活をしていました。

娘との2人の共同生活は、思うようにいかないことだらけで、娘には相当鍛えてもらいました。

第二子は男の子という事で、予定日よりも数日遅れており、

もう大変、と妻。

今は人工的に産むことができるそう。

まずバルーンで子宮口を開いて、子宮口が開いてきたら陣痛促進剤というもので、人工的に陣痛を起こして産むのだとか。

それをして産みたい。

との事でした。

男の子なだけに、お腹もパンパンで大変そう過ぎる妻を見ていて、反対する気は全くありませんでした。

3日で生まれたら御の字

この人工的に産ます方法も、すぐにポコッと生まれるわけではなく、

「3日で生まれたらいいね。的な感じでいてください。」

と言われていたので、ゆったりと構えていました。

そんな2日目の午前10時半。

娘を病院に連れて行っていると妻から電話が入り、

「もうすぐ生まれそう…」

との事。

しかし、病院からスーパーに行って牛乳とパンなど、我々の食料を買いだめしていて、すぐに病院に走れる状況ではなかったのです。

この時に、娘を私の母に預けて病院に走ればよかったのに、「まだ生まれないだろう」という心があって、ゆっくりしていた。

生まれちゃったよ!

午前11時30分ごろのことでした。

娘を預けて、病院に走っていると電話が入り、

妻のお母さんから、「今、生まれました。」との事。

まだ病院まで20分程かかる車の移動中の出来事でした。

その後、病院に到着し息子と対面するのですが、もう綺麗に拭かれていた息子は、その誕生の瞬間を会えなかったのです。

このことは、だんだんと悲しさと後悔・息子への申し訳無さになっていきます。

息子の誕生の瞬間を共有できなかった悲しみ。

もし、あの時に戻れるなら、母に娘の病院からお願いして、朝早くから病院に行っておくべきだったと思います。

息子や妻はなんとも思っていないかもしれませんが、パパとしての最初の仕事、

「生まれる瞬間を見届ける」

ことを達成できなかった不完全燃焼感が拭えない今日この頃です。

息子には悪いことをしたと思っています。

まとめ

第一子の時に立ち会い出産を経験し、第二子の時に立ち会い出産できなかった私の経験を書いてきました。

生まれる瞬間を見届けるのは、パパとしての最初の仕事です。(持論)

可能な限り立ち会い出産で、生まれる瞬間を一緒に共有するべきだと思います。

出産の瞬間は、そうそう経験できるものではありません。

パパは必ず泣くと言われています。

私も泣きました。

そんなに涙もろい方ではありませんが、もう大泣きです。

感動するんですね。なんだか。

その経験を、もしも迷っている夫婦がいたら逃さないでほしいと思います。

私が知る、立ち会い出産を経たパパ達はみんな、立ち会って良かった。

と言っていますよ。

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